趣味

講演と観光

 2023年度は講演を9回、行いました。地方での講演は京都、新潟、大阪、愛媛、青森の5つでした。これまで首都圏での講演も地方での講演も、講演の後は、その日にすぐ帰るか、翌日の朝に帰るかでしたが、昨年秋から、少し観光してみようと思うようになりました。まだ、2回しか、実行できていませんけれど。
 最初は愛媛です。講演の翌日に、松山城に登り(結構、坂がきつかった)、その後、路面電車に乗って道後温泉まで行きました。温泉には入らず(午前中だったし、手ぶらでしたので)、正岡子規記念博物館に立ち寄りました。正岡子規といえば、あの強烈な横顔写真、「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」、ベースボールの紹介者くらいしか思い出せませんでしたが、博物館でいろいろ学びました。16歳で東京に出てきたこと、当初は政治家志望だったこと、東京大学に入学したこと、古今の俳句の整理、分類をしたこと、夏目漱石と友達で、一緒に暮らしたこともあったことなど、いろいろ知識が増えました。ちょっと、変わった、面白い絵も描いていました。
 この2月には青森です。まずはねぶたの家「ワ・ラッセ」という観光施設を訪れました。実物のねぶたを観るのは初めてです。2023年度に賞を獲得した三点が展示されていました。まずその大きさにびっくり。ねぶた師という作家が最初のデザイン(設計図)、立体の骨格作成(針金で骨格をつくる。小さな和紙を貼るのは別の作業者)、作図(絵具を塗っていく)を主導していく(おそらくは弟子たちが手伝うのだと思いますが、そこは確認していない)のに驚きました。ねぶた師は少なく、その中に女性が一人だけいました。人件費だけでなく、材料費もかかるだろうなあと思いましたが、費用は企業あるいは企業グループが負担するのだそうです。
 大賞は以前は「田村磨賞」(現在はねぶた大賞)と言ったそうですが、えーっ、あの初代征夷大将軍の「坂上田村麻呂」ですか!と、中学で一度だけ習った人名をすぐさま思い出しました。
 次に好きな版画家(板画というのだそうですが)である棟方志功記念館に行きました。こじんまりとした展示室で、じっくりと板画を鑑賞することができました。棟方さんが板を彫り、板画を摺っている過程を映したビデオが上映されており、なかなかに興味深いものでした。ビデオでは、板に顔をすりつけんばかりにして、鼻歌を歌いながら、作業を進めていく姿が映されていました。極度の近眼だということは知っていたのですが、独眼だったというの初めて知りました。
 また、版画を描くようになるまえに、油絵をいくつも描いていたこと、ねぶた師から絵の手ほどきを受けていたことがわかり、新たな面が見えてきました。
 青森では、私のミニ観光に付き合ってくださった方がいて、とても助かりましたが、ご迷惑をかけて申し訳ないと今でも思っています。これからは一人で、こっそりと、ミニ観光を楽しむことにいたします。

料理

 料理は若いころから普通にこなしている。土日の朝食と夕食は、勤めている時でも私の役目でした。特に規則があったわけではないけれども、それが普通だった。和食、中華、洋食、なんでも作る。
 発端は檀一雄の『檀流クッキング』(1975年、中公文庫)と東海林さだおの『ショージ君の「料理大好き!」』(1981年、平凡社)です。特に、檀さんから学ぶことが多かった。たとえばソーメンや釜揚げうどんのツケ汁の作り方についてこう書いている。「そのツケ汁の簡単なつくり方を申し上げれば、まずダシコブを水の中につけて置いて、火を入れ、煮立ってくる少し前に、削ったカツブシを加え、好みの酒やみりんを加え、淡口醬油で味をつけて、沸騰まもなく火をとめ、カツブシやコンブをとりのぞく」(p.70)。調味料の分量が記されていない。つくる人が、自分の舌に合わせて、適当な分量を決めていけばよい。試行錯誤をしているうちに、適量が決まっていくはずだ。この思想がいい。とにかく、料理を作って、何度か失敗し、落ち着くところに落ち着くはずだ。そう思わせるガイドブックから始めたことが、これまでずっと続けられてきた秘訣だと思う。
 正月のおせち料理も毎年、作っている(日本にいるときは)。おせちを作り始めた時に買った『マイライフ・ブックス14 おせち』(グラフ社)の発行年が1986年だから、30数年前から作っていることになる。このガイドブックは今でも年末になると活躍する(年に1回だけ)。おせちを作るようになったきっかけは、市販の「伊達巻」が甘すぎて、美味しくないからである。魚のすり身を買ってきて、卵を7,8個使って、作るのである。なかなかに難しい。
 4人の孫が家に来てくれる時には、私が、ほとんどすべての食事を作る。「じいじの作るごはんは美味しい」と言ってもらえるのを楽しみにして。

ウォーキング

 週に3、4回、ジムに通っている。もっぱらマシンの上で歩いているだけである。目的は以前は減量、現在では体重維持のためである。なぜ体重を気にするのかといえば、お酒を好きなだけ飲むためである(たくさん飲むということではない。少なくはないが)。
 正確には覚えていないが、20年ほど前に、街道ウォークに挑戦したことがある。手始めは日光街道21次であった。「完全踏査街道マップシリーズ ちゃんと歩ける日光道二十一次」(五街道ウォーク事務局)という詳細な地図を手に入れて日本橋から歩き始めた。街道ウォークといっても、宿泊しながら歩き続けるわけではなく、1日5時間ほど歩いて帰ってくるというのを繰り返し、最終的に日光東照宮までたどり着くというものである。もっぱら土曜日に歩いた。ある日は、電車で南越谷(JR武蔵野線)まで行き、そこから東武動物公園駅(スカイツリー線)まで歩いて、電車で帰ってくるということになる。埼玉県の北部、栃木県にはいると、そこまで電車で行くのに1時間30分から2時間以上かかり、5時間歩いて、電車に乗って帰る。ウォーキングを開始した駅まで電車で25分くらいでつく。「そうか5時間歩いて、25分で戻ってくるか」とだんだん虚しさが募るようになる。それでもなんとか日光街道は踏破した。最後は二人で歩き、金谷ホテルに泊まった。
 次に、「完全踏査街道マップシリーズ ちゃんと歩ける甲州道中四拾四次」(五街道ウォーク事務局)を手に入れ、甲州街道にもチャレンジしたが、これは見事に挫折した。日本橋から相模湖までは歩いたのだが、相模湖から歩き出した場合、最寄りの中央線の駅は40キロ先で、とても5時間では歩けないことが判明。上で指摘した「虚しさ」もあり、相模湖で中止することにした。
 街道ウォークをやめて、山歩きをすることにした。ある駅で降りて、山を目指して歩いて、帰ってくるというウォーキングである。これならば「5時間歩いて、25分で戻ってくるか」という虚しさも味わうことなく、楽しく歩けると思ったからである。そこで、『大人の遠足BOOK 駅から山あるき 関東版』(JTBパブリッシング、2007年)を購入して、埼玉県、東京都を中心に山歩きをした。ある時、山奥まで歩いたとき、『熊の目撃情報あり、注意されたし』という看板を見つけた。いったい、何に、どう注意すればよいのかわからず、腹が立った。そこで、山歩きを止めることにした。
 やっとたどり着いたのが街中を歩くことである。『大人の遠足 駅からウォーキング関東』(JTBパブリッシング、2013年)、『大人の遠足 東京 下町・山手ウォーキング』(JTBパブリッシング、2015年)、『東京 自然を楽しむウォーキング』(JTBパブリッシング、2016年)を次々に購入して、街中歩きを楽しむことにした。たまには美術館にウォーキングを兼ねて行くこともある。2023年の春はアーチゾン美術館(旧ブリジストン美術館)に3回も行ってしまった(東京駅の丸の内側からは結構、歩く)。最近は二人で街歩きをすることが多い。

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圭介教授の談話室